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2018年5月5日土曜日

国道58号線 Highway No.1


5月5日こどもの日。沖縄の天候よかったのかな? 
暑いでしょうね、とか。

週明けに行った国頭村奥。鯉のぼりがたくさん空に舞って、
なんとも幻想的な景色でした。
奥は国道58号線の「沖縄での」始点です。






国道58号線全体は、
鹿児島県鹿児島市から沖縄県那覇市へ至る一般国道である。途中、種子島奄美大島を経て、沖縄本島に達する。大部分を占める海上区間の延長609.5 kmは日本最長で、海上区間を含む国道の路線別総延長でも、2015年4月1日現在、第一位。とのことです。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%9358%E5%8F%B7



改めて地図を見ると、長いですね。
素人目にはちょっとムリがあるので、政治的なことが多々あったでしょう。

307cc okinawa

事実、国道58号線の歴史はというと、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%9358%E5%8F%B7


国道58号の沖縄県内部分は、米軍が整備・指定したHighway No.1(那覇市 - 国頭村)がその起源となる[6]。この道路は那覇軍港普天間基地嘉手納基地などを繋ぐ、基地の島・沖縄の大動脈であり、当時は緊急時の滑走路としての利用も考えられて作られていた。1952年4月1日琉球政府発足後、琉球政府の道路法に基づき、読谷村大湾 - 名護町名護 - 国頭村奥は政府道一号線(政府道は日本の国道に相当)に認定されたが、那覇市明治橋 - 読谷村大湾は米軍が管理する軍道のままであった。なおこの時期は舗装はなされていたものの、歩道などの付属設備等はそれほど進んでいなかった。読谷村 - 名護町についても、政府道にはなっていたが、管理は米軍が行っていた。1972年4月25日、軍道の管理が琉球政府に移管された。以下に述べるように国道58号となった後も沖縄県内では一般には時に1号線と呼ばれた。
その年の5月15日沖縄返還と同時に「沖縄の復帰に伴う建設省関係政令の改正に関する政令」が施行され、政府道一号線を含む鹿児島県鹿児島市から沖縄県那覇市までの区間が一般国道58号に指定された。
ということのようです。
 Highway No.1、米軍管轄の軍道。日本返還まで外国の軍の管轄が続いていたのですから
米国(連合国)との戦争に負けて駐留されたということは、こういうことなのですね。

たしかに滑走路へ転用できる道幅と3千メートル以上の直線路、数箇所あります。
そういえば、国道58号線の普天間基地あたりに以前、 「割烹ハイウェイ」という進駐軍っぽい食堂があったけど、命名の意味、今納得しました。了解です。ああ、パウンドステーキに A1ソースかけて朝から食べたい(見果てぬ夢)。

今も国道58号線のまわりは米軍基地で変わっていないようで、少し返還されてきたみたいですが、そこをただ「ウエーイ!」とか言って運転しているだけでなく、政治とか見ながら走ってみたらどうなるかな?と思った今日です。

(しかし個人的には)
国道58号線の沖縄始点・奥の集落のあたりで、
yjnさんの青いアルファと、赤い307ccが、
国道で一瞬だけすれ違う、クールな流し写真が撮りたい。
ガラケーの写メじゃムリ?





 奥306カブリオレ、手前304カブリオレ。


2017年8月9日水曜日

306カブリオレのご先祖様を見られる幸せ



仕事場の小さな飾り棚を紹介します。「本館」と呼んでいます。


本館、最近充実。


今日は、
いただいた、ドミニク会僧院の薬局サンタ・マリア・ノヴェッラの石鹸(イタリア・フィレンツェ)、


旧車モーターショー「オートモビルカウンシル2017」でプジョーの原工房さんからいただきました

冷めたいサンタンナ天然水(イタリアアルプス)に、


会場のブースで見つけた古っぽいプジョーシールも、祀ってみました。





なんだか イタリア>フランスな感じになっている最近の自分。

抵抗し難い魅力なイタリア、

カラッと明るいというのか、デザインの楽しさアリタリアでっす。

本館は見ているだけで楽しくて、仕事の息抜き用なのに、仕事に戻りたくなくなります。


三階建てなので少しご案内します。

本館一階には、プジョー404がスケール違いで2台です。

404もイタリアのピニンファリーナ・デザインです。

テールフィンと直線のデザインがたまらないご先祖様です。


本館一階


次に本館二階は、

プジョー404カブリオレ、プジョー304カブリオレです。

沖縄の青と銀の2台の306カブリオレのご先祖様たちです。

このイタリア車なプジョーオープンカーの系譜は、306カブリオレで終わります。

クルマもバイクも、系譜の最後の機種、系譜の最初の機種に触れる機会が、

けっこう多かったような気がします。


404カブリオレ,304カブリオレともに、イタリアのピニンファリーナで制作で

イタリアオープンカー風味のフランス車という、なんだかすてきなクルマです。

白い404カブリオレのモデルは、ドアとボンネットが開いて、助手席のシートも前に倒れます。

両方共、後ろ姿のデザインがかっこいい。ほれぼれします。


本館二階




そして「本館三階」です。コンテンポラリーフロアになります。

プジョー406セダン(銀)、

マリリンと同じ型の307cc、

ラリーカーの307wrc、

クーペ407(スケール違いで2種)です。





本館三階


406セダンは、映画タクシーでおなじみ。コンサバで地味格好いいですね。

406クーペだけでなく、セダンもピニンファリーナのデザインが反映しているみたいです。

直線使いが美しく感じていつまでも飽きないです。

この406がイタリア風味プジョーの最後になりました。


これ以降の型と、それまでのプジョーとは断絶を感じますが、

それはそれで新しい魅力です。

307ccはマリリンと同じ初期型で同じ色。

屋根を取り外したりつけたりして遊んでいたらノッチが劣化して折れました。

307wrcは、レース趣味が全くない私でもかっこいい存在です。

クーペ407は実物をプジョー沖縄・丸貴さんで見た時、きれいでびっくりしました。

のちに406クーペを見たのですが、どちらも格好いい存在です。

デザインは406クーペが、線の流れを目で追うのが心地よく、いつまでも飽きないです。




そしてここまできたら、紹介しないわけにはいかない棚があります。

ときどきランチに立ち寄るイタリア料理La vita(ラビータ)さんです。

立派な棚があって、イタリア車たちのオンパレードになっています。

見るたびに圧倒され刺激されて、仕事場に本館を建てる気持ちになりました。


わたしの本館とはスケールが違うんです。


わたしの本館とはスケールが違うLa vita棚


このアルファロメオジュリエッタの実物は、このあいだのモーターショーと路上で一度遭遇です。



オーナーシェフは、写真のフェラーリに乗っている(ギャルソン氏談)。


かっこいいですね。 ブログ拝見するとシェフは心の底からイタリアとイタリア車好きなんだと

伝わってきます。イタリアのご縁が続いているのがうかがえます。

すてきだなあ。

私の本館も、La vitaの棚を真似して、三階の壁にマリリンの写真貼ってみました。



で、最近の悩み。

この棚を熱心に眺めているので、

なんだか怪しい客と思われているでしょうけれど、

私がプジョー好きで、沖縄のオフ会のyjnさんがAlfa Romeoスパイダーに

乗り換えラブしていて・・・・

みたいなお話は一切しないまま月日だけが経っていることです。
 
そろそろカムアウトしたほうがいいのか、

それともこのままなかったことにしておくのがいいのか、

それとも、yjnさんを沖縄から派遣するのがいいのか・・・とか。 ・・・悩む。


もしyjnさんが来店されたら、

店内の何気ないランチョンマットがAlfa Romeo とか、いろいろ発見して、

発狂することでしょうね。